職場で「言いにくいこと」を伝えるアサーション:自分の気持ちと相手への配慮を両立する会話例
職場の「言いにくいこと」にどう向き合うか
職場という場所では、日々の業務の中で様々な人とのやり取りが発生します。その中で、つい「言いにくいな」と感じる場面は少なくないでしょう。例えば、急な依頼で自分の業務が圧迫されそうな時、チームの方針に疑問を感じる時、あるいは人には頼みにくい要望がある時などです。
「言いにくいこと」を飲み込んでしまうと、抱え込みすぎて負担が増えたり、納得できないまま業務を進めることになったり、結果としてストレスや不満が蓄積してしまうことがあります。しかし、かといって正直に伝えれば、相手に悪く思われたり、人間関係に波風が立ったりするのではないかと不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
アサーションは、このような「言いにくいこと」を、自分の気持ちや考えを大切にしながら、同時に相手のことも尊重して伝えるためのコミュニケーションスキルです。一方的に自分の意見を押し通すわけでも、かといって相手に合わせて自分を犠牲にするわけでもありません。自分も相手も大切にする、誠実で対等な自己表現を目指します。
この記事では、職場で「言いにくいこと」に直面した際にアサーションをどのように活用できるか、具体的なシーン別の会話例を通じてご紹介します。明日からの職場で、少しでも「言いにくいこと」が伝えやすくなるヒントとして、ぜひご活用ください。
シーン別の「言いにくいこと」を伝えるアサーション会話例
ここでは、職場でよくある「言いにくいこと」のシーンをいくつか取り上げ、アサーションを用いた具体的な会話の進め方とフレーズ例をご紹介します。
シーン1:急な依頼を断る必要があるが、相手に悪いと思われたくない場合
新しい業務や急な依頼を受けた際、現在の自分の状況を考えると引き受けるのが難しい、あるいは期日通りに完了できるか不安がある、といった場面です。安請け合いして後で困るよりも、正直に難しい状況を伝える方が、結果的には迷惑をかけずに済みます。
状況設定: 締切の迫った業務を複数抱えている時に、別の部署の同僚から急ぎのデータ作成を頼まれた。
NG例: 「えっ、今日中ですか? うーん、ちょっと厳しいかもしれません...。」(曖昧で相手に期待を持たせてしまう) 「あー、忙しいんで無理です。」(一方的で冷たい印象を与える)
OK例:アサーションで伝えるステップ
- Describe(描写): まず、依頼された内容と現在の自分の状況を客観的に伝えます。
- 「〇〇さん、データ作成の件ですね。承知いたしました。」
- 「ただ、現在抱えている△△の業務がありまして、今日の夕方が締切なんです。」
- Express(表現): その状況で依頼を引き受けることへの懸念や、できないという意思を明確に伝えます。
- 「この状況で今日中にデータ作成まで行うのは、正直難しい状況です。」
- 「期日までに正確に仕上げるのが難しいかと懸念しております。」
- Specify(提案): 可能な代替案や条件、あるいはできないことへの代替案を具体的に提案します。
- 「もし明日午前中まででよろしければ、対応可能です。」
- 「今日の業務が終わる2時間後からなら着手できますが、それでもよろしいでしょうか。」
- 「もしお急ぎでしたら、□□さんに相談してみるのはいかがでしょうか。彼は今手が空いているかもしれません。」
- (もし完全に無理なら)「申し訳ありませんが、今回はお引き受けすることが難しい状況です。」
- Consequence/Choice(結果/選択): 提案を受け入れてもらうことで、どのような良い結果が得られるか、あるいは断ることでどのような結果になるかを示唆し、相手に選択肢を与えます(必須ではありませんが、状況に応じて)。
- (提案した場合)「明日午前中であれば、落ち着いて正確なデータをご用意できます。」
具体的な会話フレーズ例: * 「ご依頼ありがとうございます。大変申し訳ないのですが、現在〇〇の業務で手一杯のため、△△の期日までに仕上げることが難しい状況です。もし期日をずらしていただけるか、あるいは一部であれば対応可能かもしれません。」 * 「お声がけいただき感謝いたします。誠に恐縮ながら、現在抱えている業務量を考慮しますと、今回のご依頼をお引き受けするのは難しい判断となります。お力になれず申し訳ありません。」 * 「〇〇の件ですね。ありがとうございます。状況をご説明させていただきますと、現在△△の対応に追われており、すぐに着手することが難しい状況です。もし可能であれば、期日についてご相談させていただけますでしょうか。あるいは、他の方にご依頼いただく方がスムーズかもしれません。」
ポイントは、感情的にならず、現在の状況と自分の意思を率直に伝えることです。できない理由を具体的に示し、可能であれば代替案を提示することで、相手も納得しやすくなります。
シーン2:チームの決定や同僚の意見に反対意見があるが、波風を立てたくない場合
会議中や打ち合わせで、チームの方針や特定の意見に対して、自分は異なる考えを持っている、あるいは懸念点があるという場面です。沈黙したり、その場では同意して後で不満を感じたりするのではなく、建設的に自分の意見を表明する必要があります。
状況設定: チームで新しいツールの導入について話し合っているが、費用対効果や運用面での懸念があり、自分は慎重な意見を持っている。
NG例: (黙っている、曖昧な相槌を打つ) 「でもそれって、結局コストがかかるだけじゃないですか? 絶対うまくいきませんよ。」(一方的で否定的な反論)
OK例:アサーションで伝えるステップ
- Express/Describe(表現/描写): まず相手の意見や提案を受け止める姿勢を示し、その上で自分の視点や懸念点を伝えます。
- 「〇〇さんのご意見、大変参考になります。新しいツールを導入することで、業務効率が上がるという点は素晴らしいと思います。」
- 「皆様の熱意はよく理解できます。」
- 「一方で、いくつか懸念している点がありまして、お話しさせていただいてもよろしいでしょうか。」
- Specify(提案): 自分の考えや懸念点を具体的に述べます。感情的にならず、論理的に説明します。
- 「私としては、費用対効果についてもう少し慎重に検討する必要があると考えております。」
- 「特に、初期導入コストに加えて、今後の運用費用やメンテナンスの手間なども考慮に入れるべきではないかと思っております。」
- 「また、現場での導入 training にかかる時間や、実際に定着するまでの期間も考慮すると、当初想定しているよりも導入効果が出るまでに時間がかかる可能性もあるのではないでしょうか。」
- Consequence/Choice(結果/選択): 自分の提案や懸念点を検討することで、チームにとってどのようなメリットがあるかを示唆し、建設的な議論を促します。
- 「これらの点を踏まえて、一度改めて試算を行ってみるのはいかがでしょうか。」
- 「あるいは、まずは小規模な部署で試験的に導入してみるという選択肢もあるかもしれません。」
- 「より多角的に検討することで、ツールのメリットを最大限に活かし、リスクを最小限に抑えられるのではないかと考えております。」
具体的な会話フレーズ例: * 「〇〇さんのご意見、理解いたしました。新しいやり方を取り入れるという方向性は大変良いと思いますが、一点だけ懸念がございます。△△の点について、もう少し慎重に検討する時間は取れませんでしょうか。」 * 「皆様のお話を聞いて、私も大変勉強になります。私からの視点としましては、□□という点について考慮する必要があるのではないかと考えております。その理由としましては...」 * 「この件に関しまして、別の角度からの意見としてお伝えさせてください。現状の進め方では、将来的に△△のリスクが考えられるかと存じます。そこで、〜といった対策を講じる、あるいは〜といった方法を選択する方が、より安定した結果につながるのではないでしょうか。」
相手の意見を頭ごなしに否定せず、「〜という視点もある」「〜という懸念がある」といった形で、自分の考えを「提案」として伝えることが重要です。「私は間違っていて、あなたが正しい」というスタンスではなく、「より良い結果のために、こんな考え方もあるのではないか」という貢献の意図を示すように努めます。
シーン3:業務に必要な協力や変更を周囲に依頼したいが、わがままだと思われたくない場合
自分の業務を円滑に進めるために、他部署にデータ提供を依頼したり、同僚に特定の作業の協力を求めたり、既存のルールやプロセスの一部変更をお願いしたい、といった場面です。遠慮しすぎると必要な協力が得られず業務が滞りますが、一方的だと相手に負担をかけてしまいます。
状況設定: 自分の担当業務を進める上で、他部署が管理している特定のデータが必要になった。データは普段公開されておらず、担当者に依頼する必要がある。
NG例: 「あの、〇〇さん、悪いんですけど、△△のデータってもらえませんか? 急ぎで。」(一方的で状況説明がない) (ずっと我慢して、自分で何とかしようとするが、時間がかかりすぎる)
OK例:アサーションで伝えるステップ
- Describe(描写): なぜその協力や変更が必要なのか、現在の状況や背景を説明します。
- 「〇〇さん、今進めている△△プロジェクトの件でご相談があります。」
- 「このプロジェクトで、□□の分析を行う必要がありまして。」
- 「その分析に、〇〇さんが管理されている△△のデータが必要不可欠なんです。」
- Express(表現): 協力を得たいという要望を明確に伝えます。
- 「つきましては、そのデータを共有していただけないでしょうか。」
- 「大変恐縮なのですが、ご協力をお願いしたいと考えております。」
- Specify(提案): 具体的にどのような協力を求めているのか(データ形式、量、期日など)、相手の負担を減らすための配慮や、代替案があれば提案します。
- 「データは△△の期間のものを、××形式でいただけると大変助かります。」
- 「可能であれば、来週の月曜日までにいただけると、その後の工程がスムーズに進みます。」
- 「お忙しいところ恐縮ですが、もしお手間がかかるようでしたら、私がデータ抽出のお手伝いをすることも可能です。」
- 「必要なデータ量が多ければ、まず一部だけいただくことはできますでしょうか。」
- Consequence/Choice(結果/選択): 協力してもらうことで得られるメリットや、なぜ協力が必要なのか改めて重要性を伝えます。そして、協力してもらったことへの感謝の意を示します。
- 「このデータがあれば、分析の精度が上がり、プロジェクト全体の成功につながります。」
- 「〇〇さんにご協力いただくことで、プロジェクトの進捗が大きく改善されます。」
- 「お忙しいところ、大変恐縮ですが、何卒ご検討いただけますと幸いです。ご協力いただけましたら大変助かります。どうぞよろしくお願いいたします。」
具体的な会話フレーズ例: * 「〇〇さん、ご相談がございます。現在進めている△△の業務で、□□のデータが必要になりまして。〇〇さんがお持ちとのことでしたので、もし可能でしたらご共有いただけないでしょうか。具体的な形式や期間については、ご都合の良い方法で調整させていただけます。」 * 「△△の件で、一点ご協力をお願いしたくお声がけいたしました。現状、□□という問題に直面しており、これを解決するためには、〜というプロセスを変更する必要があるかと考えております。皆様にご負担をおかけしてしまう点、大変申し訳ないのですが、長期的に見ればチーム全体の効率アップにつながるかと存じます。つきましては、ご検討いただけますでしょうか。」 * 「〇〇さん、お忙しいところ失礼いたします。△△の件で、お力添えいただきたくご連絡いたしました。具体的な内容は□□で、〜といった形でのご協力を賜れますと幸いです。もしお難しい場合でも、代替案についてご相談させていただけますと大変助かります。」
依頼の際は、なぜそれが必要なのか理由を丁寧に説明し、相手の状況への配慮を示し、「〜していただけると助かります」「〜していただけないでしょうか」といった依頼形の丁寧な言葉を選ぶことが大切です。また、協力してくれたことへの感謝の気持ちを伝えることも忘れてはなりません。
アサーション実践のポイント
「言いにくいこと」をアサーションで伝えるためには、いくつかの実践的なポイントがあります。
- 感情的にならない: 怒りや不満といった感情に任せて伝えると、相手も感情的に反応し、建設的な話し合いになりにくくなります。まずは冷静になり、自分が伝えたい内容を整理しましょう。
- 「I(アイ)メッセージ」を使う: 相手を主語にした「あなたは〜」「〜するべきだ」といった言い方ではなく、「私は〜と感じる」「私としては〜と考えている」のように、自分を主語にして話すことで、主観的な意見として受け止められやすくなり、相手を非難している印象を与えにくくなります。
- 具体的な事実を伝える: 抽象的な不満や批判ではなく、「〇月〇日の〇時の会議で、〜という発言があった」「先週依頼した△△の件が、期日までに完了していなかった」のように、いつ、どこで、誰が、何をした、といった具体的な事実に基づいて話すと、相手も状況を把握しやすくなります。
- 練習から始める: いきなり難しい「言いにくいこと」に挑戦するのではなく、まずは「〜をお願いできますか」といった簡単な依頼や、「〇〇さん、ありがとうございます」といった感謝の気持ちを少し丁寧に伝える練習から始めてみましょう。小さな成功体験が自信につながります。
- 完璧を目指さない: アサーションは一度で完璧にできるものではありません。時にはうまくいかないこともあるでしょう。大切なのは、自分も相手も大切にしようという意識を持って、繰り返し練習し、より良い伝え方を探求し続けることです。
まとめ:言いにくいことを伝える一歩を踏み出す
職場で「言いにくいこと」を抱え込むことは、自身のストレスになるだけでなく、誤解を生んだり、業務の非効率につながったりすることもあります。アサーションは、そのような状況を改善し、自分自身を尊重しながら、周囲とも良好な関係を築くための強力なツールです。
この記事でご紹介した会話例は、あくまで一例です。状況や相手との関係性によって、最適なフレーズは異なります。大切なのは、アサーションの考え方である「自分も相手も大切にする」姿勢を持ち、伝えたい内容を整理し、誠実な言葉で表現しようとすることです。
「言いにくいこと」を伝えるのは勇気がいることかもしれません。しかし、小さな一歩を踏み出すことから始めてみてください。この記事が、あなたが職場でよりスムーズで建設的なコミュニケーションを実践するための一助となれば幸いです。